法律の素人が「ポーカーは違法賭博行為に当たらず」判決を読み解いてみる

ブラックフライデー以降、アメリカでオンラインポーカーが出来なくなってしばらくたつ。俺を含めた多くの人たちが、アメリカはポーカーの母国であり、アメリカ文化の中にポーカー、あるいはポーカー的な精神はしみついているので、ポーカーの中で(おそらく)現在最もメジャーな形式であるオンラインポーカーがずっとプレイできないということはありえない、何らかの動きが起きる、と思ったり言ったりしていたのだが、その中でも重要な一歩だと思われる判決がアメリカで出た。ニューヨーク州スタテンアイランドでポーカールームを開いていて逮捕・起訴された人物が、「ポーカーは(起訴の根拠となった)『違法賭博行為禁止法』でいう『賭博行為』に当たらない、したがって、この起訴自体が無効である」と主張したのである。そして判決はその主張が認められた。「え?ポーカーが賭博じゃないってどういうこと?」と思った人も多いだろう。判決文がネット上で公開されているので、それを読めば分かるのだろうが、当たり前だが英語で、長いし、しかも法律用語とかが頻出して、特異な文体なので、読み解くのは大変だ。俺も英語は読めるが法律関係の文章は専門外。知識も乏しい。それでも、俺のような人間が、この判決文を全文でなくても読んでみて、いったいここで論じられていることは何かをまとめることには意味あると思うし、その上でなら、この判決が今後のポーカー、特にオンラインポーカーにどう影響するかについて、偉そうにちょっとばかり語ってもいいかなと思って、全文は読めないものの、大事そうな部分だけでも読んでみた。

1)「賭博」の定義は曖昧である。
「禁止法」では当然のことながら、何を持って「賭博」とするかの定義がなされているが、実はその定義はかなり曖昧で、しっかりと議論を尽くされたものとは言えないようなレベルのものだった。また、「違法賭博行為」に含まれるゲームの例が列挙されているのだが、その中にポーカーは入っておらず、今回の訴追は、「それ以外の賭け事」のひとつにポーカーが含まれているという前提でなされている。もしポーカーがそれらの例のひとつに入っていたら、こういう議論は起きなかったはずだ。

2)「専ら運によって決まってくる未来の事象に」、「価値あるものを賭ける」が定義の中核要素
賭博の定義が曖昧であるがゆえに、このケースの論点は、何が賭博かという定義の問題に費やされた。判決文でも、「禁止法」以外にも、賭博関連の法律の条文や、過去の判例、さらには辞書的定義も含めて、「賭博とは何か」について論じているが、その詳細まではまとめきれない(というが全部は読めていない)。それでも肝心な部分については分かった。すなわち、賭博というものが、「専ら運によって決まってくる未来の事象に」、「価値あるもの(たとえば金)を賭ける」行為であるということだ。

3)「運」か「技術」か
このうち大事なのは前半の部分の「専ら運によって決まってくる」のくだりで、ここで示唆されているのは、「運」で決まるのか「技術」で決まるのかというポイントである。例えば自分で金を投資して会社を興すというのは、自分の金を「賭けて」はいる。だが、それが成功するかどうかは、自分の経営能力、すなわち「技術」によって主に決まってくる。だから賭博には当たらない。つまり、ポーカーが賭博に当たるか当たらないかは、ポーカーの結果が「運」によって決まるのか、プレイヤーの「技術」によって決まるのかが論点となり、被告側は「ポーカーは技術のゲームであり、運は副次的な要素にしかすぎない、だから賭博ではない」と論じているのだ。

原告側の政府は、これに対して、「禁止法」では運か技術かの問題は中心的ではないと、反論している。その根拠は、「禁止法」で明確に「賭博」とされているスポーツベッティングでは、どちらのチームが勝つかを莫大な知識によって正確に予想する「技術」が影響しているし、ブラックジャックなどのカードゲームにおいてもオッズなどに関する知識が技術として左右しているというものだ。

だが判決はこの主張を明確に退けている。「スポーツについての莫大な知識を有するギャンブラーは、ゲームの結果を予想して、他のベッターよりもより優れた賭けを行えるかもしれない。だがその技術的影響はポーカーほどではなく、ゲームそのものには影響を及ぼすことは出来ない。スポーツベッターは勝つチームを予想することは出来ても、そのチームを勝たせることは出来ないのだ。それに対してポーカーでは、より熟達することによって、勝つチャンスを高め、あるひとつのハンドや、連続したハンドのシリーズの結果に影響を及ぼすことが出来るのだ。ポーカーのエキスパートは、数学的知識、心理学の知識、観察力や相手に読ませない力といった数々の能力を利用している。そして、それらの技術を持って、運によって弱いカードを配られたときにも勝つことが出来るのだ。」(p.111)つまり、ポーカーにおける「技術」の影響は、ゲームの結果自体に影響を及ぼせるという意味で、その他のギャンブルとは一線を画していると言っているのである。

4)ポーカーは「技術」のゲームであって、「運」のゲームではない、つまり「賭博」に当たらない。
かくして、ポーカーの勝敗の結果は、専ら技術によって決まってくるので、という、被告側の主張が認められることになったのである。

*****

さて、この判決が即、「アメリカでのオンラインポーカー全解禁」とはならないのは明らかだ。(法律のことはよくわからないのだが)この判決そのものもまだ上訴への道が残されているらしいので、確定とは言えない。ただ、ネットでのニュースを見る限り、これを覆すのは難しいらしい。で、この判決がこのまま確定するとして、そうなると、アメリカの連邦議会は「ポーカーは合法」の線で必要な法整備を行うことを強要されることにはなると思う。さもなければ、ポーカールームが乱立することになるし、それはそれで社会的に望ましいとは言い難い。

ただアメリカという国のことなので、そういった法整備よりも先に、実態のほうが進む可能性が高い。まず、今の判決が確定したら、既存のオンラインポーカールーム、それも中小のルームが、アメリカの客を再び受け付け始める可能性が高い。あのブラックフライデーのもととなった2006年のインターネットギャンブル禁止法(正式な日本語名は分からん)は、インターネットでのギャンブルに絡んだ資金移動を行うことを禁止するという、やや回りくどいものだが、その大元となる「ポーカーはギャンブル」という前提が否定された以上は、その法律に基づいてこれ以上の訴追を行うのは難しいだろうからだ。そうなると、ネバダ州など、インターネットポーカーの主導権を海外のサイトに取られてはならぬと、州レベルでの立法化を目指してきた各州での、オンラインポーカーの合法化への動きが加速することとなり、何らかの形で、アメリカの(連邦レベルか州レベルかは分からないけど)オンラインポーカーのライセンスが発行されることになれば、スターズのような大手もそれに参入して・・・となって、アメリカでのオンラインポーカーの新しい時代が始まると思う。

で、その流れの中で、日本にどういう影響があるかというと・・・当分の間はほとんど何もないと思う。何を持って賭博というかという定義の問題は、世界中で、社会的および歴史的コンテキストの中で扱われるだろうから、アメリカで「運」対「技術」の問題が中心となったからといって、日本でそれがどうなにかなるかというと、それはない。だが、このままアメリカでの(オンラインを含めた)ポーカーの合法化が進んで、アメリカの(州か連邦かの)オンラインポーカーライセンスが発行されるなんというところまで進めば、日本でその(アメリカでライセンスを受けた)ルームでプレイしているプレイヤーが警察に捕まるというのはかなり考えにくくなるのではないだろうか。

まあ、そうした側面を抜きにしても、アメリカがオンラインポーカーに復帰してくれるというのは、単純に日本のプレイヤーにとっては嬉しいことだ。何しろ、アメリカは、オンラインポーカー最大の鮫の生息地でもあったが、それ以上に最大の魚の生息地であったわけだから。
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by sabrefishingcat | 2012-08-30 00:22 | Chit Chat

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