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書評:「賭けの考え方:勝ち組ポーカープレイヤーの思考習慣」

ポーカーを継続的にプレイしていく上で、技術的な問題だけではなく、精神的な問題にも対処する必要があるというのは、ある程度経験のあるプレイヤーなら異存のないところであろう。代表的なのが「ティルト」と呼ばれる現象で、バッドビートを食らった時や、あるセッションで屑手ばかりが何十ハンドにも渡って延々と配られ続けた場合、心を乱してしまいベストのプレイが出来なくなり、(技術的には)負けなくてもいい負けを被るという現象である。本書は、それらの「ポーカーで直面する精神的問題」に焦点を当て、プレイヤーが、それを克服するための一助となることを目的として書かれている。

本書で中心となる概念は、「ポーカー的思考」である。(原題の「ポーカー・マインドセット(Poker Mindset)」の訳である。本書では「賭けの考え方」と訳しているが、ここでは「ポーカー的思考」と訳す。理由は後述。)著者のイアン・テイラーとマシュー・ヒルガーによれば、ポーカーを継続的にプレイして成功を収めるには、日常的には必ずしも必要とされないような、精神的な心構え、態度、あるいは考え方のようなものが必要だと説き、それを「ポーカー的思考」と呼ぶ。本書の大半は、「ポーカー的思考」とは何か、そしてそれが出来ないがゆえに、プレイヤー達が数々のミステイクを犯しているというような指摘に費やされている。

本書によれば、ポーカーの本質は「運と技術が共存するゲーム」であり、「短期的には運に支配される」が、「長期的には実力がものをいう」ゲームである。それに加えて「利幅が小さい」(短期的に大きく稼ぐことは出来ない)上に、「分散(運の良し悪しによる、短期的な利幅のぶれ)が大きい」。それがゆえに、短期的には正しいプレイをしても、運悪く、ミスプレイをした相手に負けてしまう(バッドビート)や、そういう不運がある程度の間継続的に続く(ダウンスイング)が起きる。それらに直面した時、感情的になってさらにプレイを乱しベストのプレイが出来なくなってしまう(ティルト)のである。

ここまでの話を聞いて、「なるほど、この本を読めば、どうやったらティルトにならないかがわかるのか!」とあわてて書店に走ったり、オンラインショップにアクセスしようとした方は、少しお待ちいただきたい。残念ながら本書ではそういう「魔法のレシピ」は与えられていない。著者たちの態度は極めて常識的かつ穏当であり、ポーカー的思考を身につける上で必要なのは、「プレイから感情を排除する」ことであり、「長期的視点でポーカーというゲームにアプローチする」であるといったことが説かれている。

といってしまうと逆に、ポーカープレイヤー、特にベテランの諸氏たちは、「なあんだ、そんなことなら、すでに自分は分かっている。ようするにこの本は、そういう常識的な話をさも偉そうに並べ立てただけのものなんだな」と読むことを放棄なさるかもしれない。だがそれもちょっと待って欲しい。ここに書かれた、ポーカープレイヤーが直面する精神的問題の構造の「常識的な」解説を、あなたはすべて理解しているといえるだろうか。人は皆、自分のことを特別な存在と思いたい傾向にあるわけで(特にポーカープレイヤーは!)、「自分はティルト癖が抜けないが、その原因は、こういう概説書には書いてないような特殊なものなのだ」と自分を納得させては、ある程度勝っても、それをティルトで全部失うという事を繰り返し、「またやっちまったぜ」と自分を責めるのである。そういう人たちは、本書を読んで、問題の全体像を客観的に見直すということをしてみて欲しい。自分が気づいていなかったこと、出来ていると思っていたが実は出来ていなかったことがいくつか見つかるはずだ。

特に以下の項目のうち、ひとつでも当てはまる人は、本書を読む価値があると思う。

・「ここから増やすぞ」と二度と入金しないつもりで入れた金を破産させてしまったことがある。

・負けたセッションを反省している時に、ああ、あのハンドでのミスプレイはティルトになっていたせいだなと思い当たることが、ある程度の頻度で繰り返し起きる。

・バッドビートなどであるセッションで大負けしたあとに、それを取り戻すために、普段プレイしないようなハイステークスでプレイしたことがある。(実際取り戻せたかどうかは関係ない。)極端な場合、低いステークスで負けたら、勝つまでステークスを上げていくというマーチンゲールみたいなことをしたことがある。

・あまりにダウンスイングが長く続くので、「このサイトには何か仕込みがあるに違いない」というようなことを疑ったことがある。(恥ずかしながら、筆者もそのひとりである。)

・負けが込んで、バンクロールが危機的状態に陥っても、ステークスを下げることができなかったことがある。あるいは、下げたものの、それを「恥ずかしいこと」と感じた。

・相手がミスプレイをして、バッドビートを食らわして、あなたの金を奪い去っていった時に、チャットに不平の言葉や、相手への罵倒をかきこんだことがある。(ライブなら口にしなくても心の中でそう思った。)

多分、これらに全く当てはまらない人のほうが少ないのではないだろうか。

ここまで、本書の良さと、読む価値について述べてきたが、もちろん、本書にも問題というか、限界のようなものが存在する。本書では、ポーカーのような合理的な思考だけがものをいうゲームでは自尊心と言った感情的な要素は排除せよと説いているが、どうすればそれが出来るかについては、踏み込んでは考察していない。確かに、そういう問題に踏み込もうとすれば、安直な自己啓発系ハウツー本のようになってしまうのかもしれないが、それでも、ティルトを繰り返す人にとって最大の問題は「わかっちゃいるけどやめられない」なのだ。この感情を克服するという難しい問題に、哲学的になりすぎることもなく、安易なハウツーものに堕することもなく、何らかの答を模索することはもう少し出来たのではないだろうか。

さらにもうひとつ、筆者が不満だったのは、ここで繰り返し強調される「長期的視点」の重要性についてである。著者はそれに基づいて、ダウンスイングにある時に、あわてて自分のプレイを変えるというような対処には否定的である。だが、著者自身も認めている通り、ポーカーのプレイには、運の要素と技術的要素が常に混在しており、厄介なのは、自分が負けたのが、運が悪かったからなのか、技術的に問題があったからなのかの要因を特定するという作業は、とてつもなく難しい。そうした中で、「長期的に考える」という概念にとらわれ過ぎることは、プレイの上達を遅くし、(適切に管理していてさえも)バンクロールに大きなダメージを与えかねない。そもそも「長期的」というが、どれぐらいの期間を持って「長期的」と呼べばいいのか。本書では、そのことについては触れられていない。

話は横にそれるが、経済学でいわゆる古典的学派(市場原理主義者)は「長期的には市場がすべてを最適化する」と主張している。それに対してケインズはその考え方の問題点を「長期的には我々は皆死んでいる」と揶揄的に指摘した。ポーカーにも同じようなことが言えそうである。自分が下手なのに気付かず、どこまでが運なのかを長期的に見極めようとしていると、「長期的には我々は皆破産している」などということになりかねない。

おまけに、ここ2,3年の傾向として、自分が負け続けている時にその原因として、「運が悪い」、「自分のプレイに問題がある」、以外に「相手がうまくなっている」ということがあり得るのだ。爆発的ポーカーブームが終息し、下手なプレイヤーが淘汰され、さらには、メディアを通じて新しいプレイスタイルが次々と紹介され流布していく中で、従来のプレイでは通用しなくなってきているという思いは、多くのプレイヤーに共通のものだろう。そういう中で、ダウンスイングが起きた時に、それが専ら運で起きているのではないということを判断するための方策については、難しいのはわかっているが、ぜひ論じて欲しかった。とても必要とされることなのだから。

最後に翻訳についてだが、日本語でのポーカー本の翻訳がいまだに、試行錯誤の状態が続く中で、訳者のフジタカシ氏は苦労なさったことだと思う。筆者が読んだ限りでは訳語・訳文の選択など、好みの問題はあれ、よく訳せていると思った。ただひとつ不満なのが、最も中心となる概念の「ポーカー・マインドセット」を「賭けの考え方」と訳したことである。確かに辞書を引くとmindsetは「考え方」とでており、「思考」とはなっていない。それゆえに、mindsetの訳語としてより適切だと思われる「思考習慣」はサブタイトルとして使われているに留まっている。だが、この言葉は「考え方」というよりも、「思考様式」とか「態度」というべきで、「思考」あるいは「思考習慣」をメインタイトルの訳語としてもよかったのではないだろうか。ちなみにMarketing Mindsetは「マーケティング思考」と訳されることも多いようだ。

さらに「ポーカー」の言葉を排して「賭け」としたのは何故だろうか。「賭けの考え方」を逆英訳するとGambling Mindsetとでもなるのだろうが、「ギャンブル・マインドセット」と「ポーカー・マインドセット」は全く異なるものになるはずだ、なぜなら、ルーレットなどのギャンブル一般は、「短期的には運に左右される」が、「長期的には皆負ける」のである。だから、ポーカーに向かう時とギャンブル全般に向かう時の心構えは同じものにはならないはずだ。

筆者はひねくれた人間なので、つい、褒める部分よりも、そうでない部分のほうに熱が入ってしまい、本書の良さが誤解されないかと、やや心配になってきたが、本書はポーカーを人生の楽しみの一部として継続的にプレイしていこうとしている人は、ぜひ読んでおきたい本のひとつであることは、間違いがないところである。


「賭けの考え方:勝ち組ポーカープレイヤーの思考習慣」
著者:イアン・テイラー、マシュー・ヒルガー
訳者:フジタカシ
パンローリング社刊、1,800円+税
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by sabrefishingcat | 2011-08-16 10:21

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